紅白テキスト合戦

~VIPでテキストサイトの管理人たちよ、戦え~

 

約束/しゃにむ

 このごろボクの家では約束を破ると夕飯にえんどう豆が出る。ボクが嫌いなのを知っていて出すんだ。ママが言うにはえんどう豆の花言葉が約束なので、願かけの意味も込めているらしい。ボクも約束を破った負い目があるから、頑張って食べようとするんだけど、いつも残してしまう。するとママはキッとなってお説教を始めるんだ。
「これはシンジのためにやっているのよ。ヘーキで約束を破る人間になったら、将来こまるのはシンジでしょ。ママだってこんなことホントはイヤなの。でもシンジのためを思うから、心を鬼にして言ってるのよ。さあ、ちゃんと食べなさい」
 いつもならベソをかいてパパに助けを求めるんだけど、残念なことにパパの帰りが遅い。お説教モードのママに涙は通じないし、困ったボクはとりあえず口に放り込んでごまかすことにした。
「そうそう、ちゃんと食べなさい。そもそもえんどう豆は身体にいいのよ。なにも罰だからって、えんどう豆を出すんじゃないの。シンジの健康のためでもあるのよ」
 もぐもぐ。なんで大人って嫌いなものを食べさそうとするんだろう? えんどう豆を食べなかったぐらいで、もぐもぐ、身体が悪くなったりしないよ、そんなの分かりきったことでしょ? もぐもぐごっくん。ツバをのむ。
 そういや、あっちゃんもえんどう豆が嫌いだって言ってたっけ。あっちゃんはボクのクラスメイトで、よくウソをつくお調子者だ。他の子はオオカミ少年といって嫌っているけど、ボクはあっちゃんが好きだな。たしかにウソは困りモノだけど、それ以上にあっちゃんは面白いんだ。一緒にいるととても楽しいキモチになる。こんなトモダチそうはいないよ。
 でも、このごろのママときたら、ボクがあっちゃんと遊ぶのをひどく嫌がるんだ。ボクがあっちゃんのシュゴレイのことを話したせいかもしれない。それまでニコニコと笑っていたのに、いまあっちゃんをみるママの顔にはハッキリと変な子って書いてあるんだ。そんなママの顔をみるととてもイヤなキモチになる。ウンコ踏んづけちゃったみたいだ。ときどき、あっちゃんちがうらやましくなる。あっちゃんのパパとママはホーニンシュギってやつで、ボクのママみたいにうるさいことを言わないんだ。あーあ、ボクもあっちゃんちに生まれたかったなあ――。
 日曜日、外へ遊びに出ようとしたら、ママがいつものお説教を言ってきた。暗くなるまえに帰りなさい、悪いことしちゃダメよ、知らない人についていかないこと。いっつもおんなじことばっか言うんでいやになっちゃう。なんべんも言うからすっかりおぼえちゃったのに、ボクが忘れると思ってるのかなぁ? ヤな感じ。
 あっちゃんちに遊びにいくと、ちょうど玄関からあっちゃんが出てきたところだった。ナイスタイミング。そう思ってあっちゃんの顔をみると、当然のような顔をしている。分かってたみたいだ。どうしてだろう。シュゴレイのおかげなのかな?
「そうだよシンちゃん。シュゴレイさんが教えてくれたんだ」
 ボクの考えを先回りしてあっちゃんが答えたので、びっくりしてしまった。
「それと、シュゴレイさんにはちゃんと“さん”づけしないとダメじゃないか。ソンケイのキモチがないと、シンちゃんにはいつまでたってもシュゴレイさんはきやしないよ」
 よく分かんないけど、シュゴレイさんがすごいのはホントだ。あっちゃんの後ろにいるシュゴレイさんはいつもよく見えない。なんだかうすーい雲みたいで、白いモヤモヤ。まるっこいから、たんぽぽの種みたい。
「ボクね、ウソをつくの、やめたよ」
 あっちゃんがそういうんで、またまたびっくりした。あんなにウソが大好きだったあっちゃんがウソをやめるなんて。これはジケンだ。
「あんなに好きだったのに、どうして?」
「シュゴレイさんが言うんだ、リョーシンにしたがいなさいって。ウソつくのは楽しいけど、やっぱりイけないことだって。ボクのリョーシンもダメだよっていうし、やっぱりウソはいけないことなんだよ」
 ふざけたことが大好きなあっちゃんが大マジメに言うもんだから、なんだか変なキモチ。あっちゃんにはふざけたままでいてほしいと思うのは、イけないことなのかな?
「それにね、シュゴレイさんが言うんだ、イイ子にしてればそのうち、ホントのセカイにいけるようになるって」
「ホントのセカイ?」
「ボクもよく分かんないんだけど、シュゴレイさんが言うには、ボクたちのいるセカイはシュギョウのバなんだって。ボクたちはタマシイのシュギョウをしに、このセカイに生まれたんだ。だから、タマシイのシュギョウができたら、ホントのセカイへ帰れるんだよ。そこはすっごくすばらしいところなんだって」
 なんだかちんぷんかんぷん。よく分かんないけど、なんとなくすごいってことは分かった。だって、あのあっちゃんがマジメになるぐらいなんだから。
 あっちゃんと公園で遊んで帰ると、ママに怒られた。服が汚れてたみたい。でも、服が汚れないコドモなんているわけないじゃん。いたって、それは不健康だよ。ママはよく運動しなさいって言うくせに、思いっきり遊んで帰ればこれだ。えんどう豆ばっか食べてたって、健康になれやしないよ。ムカムカして言うつもりはなかったんだけど、あっちゃんと遊んで、シュゴレイさんのホントのセカイのことを話したら、ママはもっと怒って、もうあっちゃんと遊んではいけない、と約束させられた。そしてママがいつもボクを見張るようになったので、ボクはあっちゃんと遊べなくなってしまった。
 曜日が一回転ぐらいして、あっちゃんが行方不明になった。どこかへ遊びにいったまま帰ってこないらしい。ボクはどこに行ったか知ってるけど、ママは青い顔をしてボクをもっと見張るようになった。遊びに行きたいっていうと、ママが一緒ならいいだって。ママをつれて遊ぶなんて、そんなの、まるで赤ちゃんじゃないか。パパもママの味方をする。ボクはムカムカして、イライラして、どうしようもなくなって、もう死んじゃいたい気分だ。あっちゃんに会いたい。あっちゃんのいるホントのセカイへ行きたい。なんだかすっごく悲しくなって、さびしくなって、ボクは泣いた。泣いて、泣いて、願った。どこかへいきたいって。ここにはいたくないって。すると、頭の中で声がした。ボクはびっくりして、顔を上げると、目の前に、なんだか白くてモヤモヤしたものが浮かんでいた――シュゴレイさんだ。
――君が呼ぶ声が聞こえたよ、シンジくん。
 ボクの声が? でも、ボクはしゃべってもないのに、どうしてシュゴレイさんに聞こえたんだろ?
――ワタシには分かるんだ、シンジくん。君があっちゃんと仲良しだったからかもしれない。君の声は以前から聞こえていたよ。ほら、シンジくんがあっちゃんと最後に会った日、あっちゃんがシンジくんの思考を読んだだろう? あれは、ワタシがあっちゃんに教えたんだよ、君がこう思ってるってね。
――そうだった。じゃあ、ホントにシュゴレイさんはボクの考えてることが分かるんだね。
――もちろん、そうさ。君がいま、とても苦しんでいることだって、分かってるよ。
――うん、ボク、とっても苦しいんだ。シュゴレイさん、ボク、あっちゃんに会いたい。あっちゃんはいつ帰ってくるの?
――あっちゃんは向こうでやることがあるから、今は帰ってこられない。もしかしたら、ずっとかもしれない。
――じゃあ、もうあっちゃんには会えないの? やだな、そんなの。
――そんなことはないさ。いつかきっと、あっちゃんに会える。人間はみんな、ホントのセカイに帰ることになってるんだから。
――ボクも行きたいな、あっちゃんに会いたい。ねえシュゴレイさん、ホントのセカイへ連れてってよ。
――残念だけど、君はまだダメなんだ。
――でも、ボク、ここにいたくないんだ、とっても。シュゴレイさんは分かってるんでしょ?
――もちろん、分かるよ。でも、シンジくんがいなくなったら、ママはとても悲しむと思うよ。
――ママなんか大嫌いだ!
――シンジくんのキモチは分かる。シンジくんのママは一方的にすぎるのかもしれないね。心配という理由にかこつけて、君の嫌がることばかり、するものね。
――そうなんだ、ボクがヤなことばっかり。ママにはボクのキモチなんか分からないんだ。ボクがどんだけヤか、ママに分かればいいのに。
――そうだね。シンジくんがもしもいなくなったら、ママにも、どれだけシンジくんにひどいことをしてきたか、分かるかもしれないね。
――うん、きっとそうだよ、いちど、ママにはうーんと心配させて、ボクがどんだけ苦しかったか、知ればいいんだ。
――君のママにも、シンジくんにも、必要なことかもしれないね。
――ねえ、シュゴレイさん、連れてってよ、ホントのセカイに。ママに分からせてやらなくちゃ。
――残念だけど、ホントのセカイには連れていってあげられないんだ。けど、別のところなら、連れていってあげられるよ。
――ホント? 別のとこって、どんなとこなの?
――ホントのセカイと同じくらい、すばらしいところさ。きっと、シンジくんもきにいると思うよ。
――うん、行きたい、行ってみたい!
――でも、そこは肉体を持ったままじゃ行けないところなんだ。だから、シンジくんはワタシとユウゴウしなきゃならない。
――ユウゴウ?
――ワタシがシンジくんの中に入るってことだよ。でも、そうするには、シンジくんがワタシを信じなきゃいけない。じゃないと、ワタシはシンジくんの中に入れないんだ。できるかい?
――うん。ボク、シュゴレイさんのこと信じてるよ。
――“約束”、できる?
――うん、ボク、“約束”する。
――“約束”したね。じゃあ、始めるよ。
 白いモヤモヤのシュゴレイさんがなんだかもごもごして、だんだん、黒くなっていく。そしてボクを包み込もうとするんで、ちょっぴりコワくなったけど、約束したもの、ボク。ダイジョウブ、信じろって、シュゴレイさんの声がして、ちょっぴり安心して。暗くなってく。暗い。やっぱりコワいな。ダイジョウブ、信じろ。くらい。くらい。ダイジョウブ。どこかでママの声が聞こえた気がした。シンじろ。ママの怒った声。ダイジョウブ。泣いてる声。ダイジョウブ。胸がチクっとして。シンじろ。とおくなってく。だんだん、どんどん、くらぁくなって。ダイジョウブ、シンジロ……。ああ、くらぁい、くらぁい、くらぁいな……。

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